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神社

石清水八幡宮の歴史と人物でわかる八幡とは

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石清水八幡宮は“いわしみずはちまんぐう”と読みます。八幡駅が最寄り駅になっており、八幡駅を降りてすぐ右てに男山ケーブルと言うものがあります。このケーブルカーを使って行くと、すぐに男山の上に上がれるので、10分もしないうちに石清水八幡宮へ着くことができます。

また、徒歩や車でも、石清水八幡宮へ行くことができます。徒歩で行く場合はそれなりに歩き山でもあるため、それなりに疲れるでしょう。車で行く場合は、駐車場があるのでそこに停車できます。


石清水八幡宮は七五三のお参りに来る人が多く、石清水八幡宮でも七五三用のフォトコーナーの様なものがあったり、おもちゃが置いてある場合があります。なので七五三として石清水八幡宮に行くのは良いかもしれません。

石清水八幡宮は規模的には広めの神社で摂社末社が多く、本殿の後ろにいくつかの摂社末社が並んでいます。面白いのが男性用・女性用と分かれている摂社末社があり、よく読まないと男性なのに女性用の末社にお祈りをしている人や、女性用なのに男性用の末社にお祈りをしている人を見かけたりします。

岩清水八幡宮の歴史

石清水八幡宮の起源は、石清水八幡宮のある辺りが平安京の裏鬼門(南西)に当たるため、860年(貞観2年)、清和天皇の命によって社殿が建立されました。鬼門(北東)に位置する比叡山延暦寺とともに、王城鎮護の役目を負っていて、大分の宇佐八幡宮、福岡の筥崎宮と日本三代八幡宮の1つにも数えられます。

男山山頂に鎮座していることから旧称は「男山八幡宮」とも呼ばれていました。徒然草「仁和寺にある法師」の舞台としても知られています。

石清水八幡宮には主祭神は、誉田別尊、比咩大神様、息長帯比賣命という3人の神様をお祀りしていて、この3人の神様は八幡三所大神、八幡大神とも呼ばれています。

岩清水八幡宮は、天皇や皇族などの信仰も厚く天皇、上皇、法王の行幸行啓は250回以上と言われています。1863年(文久3年)にも、攘夷祈願の行幸がありました。また源氏からは武人の守護神として信仰され、足利氏、武田氏、徳川氏などが氏神としてあがめたので、武神、弓矢神、必勝の神となりました。

現在、八幡宮・八幡神社は全国に約15,000社あるといわれるほど普及しており、稲荷神社と合わせると全国の神社の3〜4割を占める比率になります。(全国の神社10万社・稲荷神社2万社・八幡神社15,000社)

その中でも大きな神社が石清水八幡宮となります。

御祭神


石清水八幡宮には三神が祀られています。八幡三所大神様いわれ、本殿の三方に位置するようになっています。西御前の比咩大神は三神が一組で祀られています。

中御前 応神天皇(おうじんてんのう)

・誉田別尊(ほんだわけのみこと)
誉田別命は第15代応神天皇の本名です。武運の神といわれ、神功皇后の息子に当たります。「応神天皇」 = 「誉田別尊」 = 「八幡さま」という事で全て同一人物(神)とされています。

西御前 比咩大神(ひめおおかみ)

  • 多紀理毘賣命(たぎりびめのみこと)
  • 市寸島姫命(いちきしまひめのみこと)
  • 多岐津比賣命(たぎつひめのみこと)

比咩大神は宗像三女神で、多紀理毘売命(たぎりびめ)、市寸島姫命(いちきしまひめ)、多岐津比売命(たぎつひめ)の3柱を指します。息長帯姫命 (おきながたらしひめのみこと)は神功皇后の本名です。

東御前 神功皇后(じんぐうこうごう)

神功皇后は、仲哀天皇の皇后。『日本書紀』では気長足姫尊(おきながたらしひめのみこと)と書かれており、『古事記』では息長帯比売命(おきながたらしひめのみこと)と書かれています。

石清水八幡宮の神殿中心に祀られている応神天皇と、東側に祀られている神功皇后は親子で、神功皇后は妊娠中に戦場に出て、その後無事に応神天皇を出産されたことから神功皇后は安産の神様としても信仰を集めています。

岩清水八幡宮の関連人物

武運の神として知られる石清水八幡宮は、武運長久の願をかけるために多くの武士、武将たちが参拝に訪れました。足利尊氏は社殿の造営にも関わったと言われていて、織田信長や豊臣秀吉は所領を寄進し、徳川家康、家光は社殿の修繕を行ったとされています。

八幡とは応神天皇のこと

大分県宇佐市の宇佐八幡宮に現れた子が、自分は応神天皇であり、護国霊威身神大自在菩薩と名乗ったと言われていて、八幡宮の主祭神となりました。

八幡さまは弓矢・武道の神なので、武士からの信仰を集めていました。源義家が八幡太郎と名乗っていたり、源頼朝などが鎌倉に鶴岡八幡宮を建てるなど、武士とは関わりが深いのが八幡宮です。清和天皇により社殿が建立されているのも、源頼朝など、清和源氏の系統として強く信仰が続いていたのでしょう。

八幡宮は全国にありますが、その根本社となるのが大分県の宇佐八幡宮です。九州の宇佐氏が祀った氏神が八幡の神と呼ばれるようになったのが由来です。八幡の意味は船に旗をたくさん掲げる様子を表していて、元々は宇佐氏が祀った海神であることもあり、海由来の神が元になっています。

そこから宇佐の神が応神天皇であると名乗ったことから、八幡=応神天皇という認識になったようです。このような経緯で、八幡宮の八幡とは応神天皇隣、現在でも八幡さまとも呼ばれています。

その後、仏教の普及もあり、平安時代に八幡宮と仏教が神仏習合しました。その結果、八幡と仏教が合わさり、八幡大菩薩となります。実はこれが日本で最初の神仏習合神です。

ここから源氏の源頼義が石清水八幡宮から神奈川県の鶴岡八幡宮への八幡大菩薩の来臨を願い、源義家が石清水八幡宮で元服し、活躍しから八幡太郎という通称が今でも残っています。さらに源頼朝も鎌倉の八幡宮を本拠地とし、八幡信仰が源氏では強く、頼朝が武家政権を確立した事もあり、源氏から武士へと信仰が広まり、武家政権へと時代が変わるとともに八幡宮は全国へ広まっていきました。

源義家(八幡太郎)

源義家(みなもとのよしいえ)は平安時代の武士で、白河天皇が石清水八幡宮行幸の際に護衛をしています。また、前九年の役と後三年の役で活躍した人物で、父が源頼義、子孫に源頼朝や足利尊氏など、歴史の重要人物がいます。

ちなみに石清水八幡宮で元服した源義家は、日本で最初に納豆を食べた(作った)人物とされています。後三年の役で東北地方に出征した際、煮込んだ大豆を藁に詰めて出陣し、戦が終わった後に見てみると腐って納豆になっていたという逸話があります。これにより逸話に関連する秋田県が納豆発祥の地とされる説があります。

白河天皇が白河法皇になった際に、院昇殿を許されるなど、白河法皇と関わりの深い人物でもあります。

岩清水八幡宮の見どころ

2016年(平成28年)、本殿や東門、楼門、回廊などが国宝に認定されました。

南総門と社殿

社殿は楼門、舞殿、幣殿、本殿からなります。徳川家光の寄進で、本殿は八幡造り御本殿と呼ばれます。桃山文化を豪華な彫刻などか感じることができます。

回廊

石清水八幡宮は内殿と外殿があり、それらを繋いでいるのが廻廊です。豊臣秀吉によって改修された当時は金箔がはられ、とても豪華であったそうです。

鬼門封じの石垣

北東は丑寅の方角と言われ、陰陽道では鬼が出入りする方角であるとし「鬼門」と呼ばれています。石清水八幡宮では鬼門の方角の石垣の角が切り取られ悪さをする鬼を境内に入れないようにという考えからなのだそうです。

信長塀

織田信長が寄進したもので本殿を囲む塀は瓦を積み重ね、土と石灰で練り固められています。この塀は燃えにくい構造になっていて火や衝撃に強いそうです。

一つ石

社殿南側、三の鳥居の近くにある石は勝負石と呼ばれています。

石清水祭

毎年9月15日に行われる例祭です。葵祭、春日祭と並んで三大勅祭と呼ばれています。始まりは863年、清和天皇の頃だったとされていて、「生きとし生けるもの」すべてものの平安や幸福を祈るこの祭りでは、生きている魚や鳥たちが自然へと放たれます。

石清水八幡宮へのアクセス

住所:京都府八幡市八幡高坊30

  • 1月1日0:00~
  • 1月2日~1月19日不定
  • 1月20日~3月31日6:30~18:00
  • 4月1日~9月30日5:30~18:30
  • 10月1日~10月31日6:00~18:00
  • 11月1日~12月30日6:30~18:00
  • 12月31日6:30~23:00

開館時間:時期によって異なります。

電車でのアクセス

電車の場合のアクセスは京都駅からJR奈良線に乗り、東福寺駅で京阪本線に乗り換え、八幡市駅で下車し、ケーブルで男山山上駅で下車、徒歩5分。最寄駅の八幡市駅を降りてすぐ右手の男山ケーブルがあります。男山ケーブルを使わない場合は斜め左手に進むと鳥居が見えてきます。

車の場合は石清水八幡宮が山上にある男山の麓に駐車場があります。また、山上にも駐車場があります。

男山ケーブル


男山ケーブルの値段は片道200円で、上がる際に往復券を買うこともできます。石清水八幡宮を中心として男山を歩いて行くと、全体的には森林浴ができる様な森が広がっているイメージです。

男山

木々に囲まれた観光や休日を過ごしたい人や野鳥を楽しみたい人にはとても良い場所でしょう。ただ、山上では食事ができる場所はほぼなく、麓まで降りて駅前で店を探すか、となりの駅の淀駅に立ち寄り、京都競馬場で競馬を楽しみながら食事をするなどでも良いと思います。

また、たまに椅子などに座れる場所もあるためそちらで持ってきたお弁当などを食べている人たちも見かけます。ちょっとしたピクニック気分で行くにも良い場所という印象です。基本的には石清水八幡宮があり、その他は木々に囲まれていて、歩いて行くとたまに小さな神社や旧跡があるというイメージです。なので基本は石清水八幡宮と言う大きな神社があり、それ以外は木々に囲まれた山の中を歩いているという事です。

石清水八幡宮周辺の観光スポット

石清水八幡宮は男山にあるため、男山→石清水八幡宮というように観光できます。男山自体が広いのでそれなりに時間がかかるでしょう。また、紅葉の名所である善法律寺にも徒歩で行ける距離です。ちなみに善法律寺みは僧形八幡神の掛け軸があるので、歴史が好きな人には紅葉と共に楽しめる要素が増えるかもしれません。

その他、八幡市駅の隣の淀駅には京都競馬場や與杼神社(よどじんじゃ)があります。

石清水八幡宮のある男山全体が桜の名所として知られています。木津川を挟んだ向かい側にも、背割堤という桜の名所があるので、桜の季節は多くの花見客が訪れます。周辺には、飛行神社、善法津寺、正法寺、八角堂、松花堂庭園など観光スポットが多くあります。桜や紅葉の時期は景色を楽しみながら散策することができるエリアです。

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