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八坂神社の歴史が簡単にわかるページ

2022/12/25
 
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京都に住みつつ、観光スポットを100ヵ所以上巡ってみました。同じ場所にも何度も行ったり、鴨川でのんびりしたりと京都を満喫。歴史や神社・お寺や日本の知識なども加えて、観光に役立つわかりやすい情報をご提供できればと思います。

ここでは八坂神社の歴史をスサノオを中心に解説していきます。

1. 八坂神社の歴史

八坂神社は、全国にある八坂神社や素戔嗚尊(スサノオノミコト)を祭神とする関連神社の総本社です。

歴史1. 八坂神社の創建

創建については諸説ありますが、社伝では斉明天皇2年(656年)と伝えられていて、平安遷都がなされた延暦13年(794年)より前からこの地に祀られていたとされています。

歴史2. 八坂神社と祇園の関係

祇園祭

地元では八坂神社のことを「祇園さん」とも言います。また、幕末まで神仏習合の影響で祇園社や感神院などとも呼ばれていました。

桓武天皇が794(延暦13年)に平安京に都を移した頃、流行病、自然災害は未知のものであり、人々はどうにもできませんでした。そして869年(貞観11年)に疫病が大流行します。

これを御霊(不慮の死を迎えた人の霊のこと)の怒りだと思い、それを鎮めるため神泉苑に66本の鉾を立て、神を祀り、祇園社(八坂神社)から神輿を担いで神泉苑に奉納するという御霊会を行なっていました。

そしてその関連神社が疫神社として八坂神社に残っているため、ここから素戔嗚(スサノオ)と八坂神社の関係がわかるように展開していきます。

見所2. 疫神社

八坂神社の疫神社

八坂神社の西楼門を入ると見える末社の疫神社(えきじんじゃ)。
これは、蘇民将来(そみんしょうらい)という人が疫病の神・牛頭天王(ごずてんのう)を泊めてもてなした事により、疫病から守られるようになった由来がある神社です。

蘇民将来の子孫である事を示す護符を祀ると疫病から守られると言われていて、祇園祭の厄除けちまきに「蘇民将来之子孫也」と書かれていることや、祇園祭の最後に茅の輪くぐりを行い無病息災を祈願することなど、八坂神社の起源に繋がる神社の一つです。

そして牛頭天王は素戔嗚尊(すさのおのみこと)と同一視される神なのです。

八坂神社と祇園祭と牛頭天王(素戔嗚)が繋がるという歴史の流れがわかってきたと思います。

このように祀りが祭りに変化していき現代に繋がっていると考えられています。その中で八坂神社とつながる祇園祭は現代にも続く祭りの代表であり、京都三大祭りの一つとなっています。

祇園というのは八坂神社の西楼門から直線に伸びる道周辺の場所を言いますが、これは昔、観慶寺というお寺があり、その中にあった天神堂が信仰を集め、その天神堂が祇園社となり、祇園社の門前町としてこの辺り一帯が祇園と呼ばれるようになったのです。

このような経緯で、八坂神社が祇園さんと言われているわけであり、その歴史には疫病の流行、それを鎮める牛頭天王(素戔嗚尊)、それを祀る八坂神社という歴史のつながりがわかるわけです。

それでは次に、八坂神社に祀られている祭神について知っていきましょう。八坂神社の祭神は古事記に登場するスサノオ一族であり、これがわかると古事記からの八坂神社の歴史の流れがわかります。

2. 祭神はスサノオ一族

八坂神社の祭神は素戔嗚尊(スサノオノミコト)に関する系統の神々(柱)が祀られています。

  1. 櫛稲田姫命(クシナダヒメノミコト)
  2. 須勢理毘売命(スセリビメノミコト)
  3. 八柱御子神(ヤハシラノミコガミ)
  4. その他の神々・・・

それでは各神(柱)を簡単に解説していきます。

祭神1. 素戔嗚尊(スサノオノミコト)

スサノオノミコトは、イザナギノミコトから生まれた三貴士の一柱(一神)で、性格は荒々しく、天の服織女(はたおりめ)を殺す原因を作ったり、オオゲツヒメを殺害するなど悪行が目立つ神です。

このスサノオの荒ぶる魂を祀るのが八坂神社内の摂社である悪王子神社(あくおうじじんじゃ)です。

美御前社と宗像三女神

本殿から向かって右奥にある美御前社は、若い女性に人気のあるスポットです。

宗像三女神と言われる「多岐理毘売命」「多岐津比売命」「市杵島比売命」が祀られています。この三柱(三神)は、スサノオの剣から誕生した水の神です。古事記でアマテラスとうけい(誓約)する場面で十拳剣から生まれたスサノオの子です。

  1. 多岐理毘売命(たぎりびめのみこと)
  2. 多岐津比売命(たぎつひめのみこと)
  3. 市杵島比売命(いちきしまひめのみこと)

この宗像三女神を祀る美御前社の前には神水が湧き出ています。この神水を2、3滴肌につければ、肌だけれはなく、心から美しく磨かれると言われていて、若い女性がたくさん参拝しています。祇園の舞妓さんも訪れるスポットです。

  1. スサノオの悪行により姉であるアマテラスオオミカミが天岩戸に閉じこもる
  2. スサノオは高天原を追放される
  3. 追放先でヤマタノオロチの生贄になっているクシナダヒメノミコトを助ける
  4. そしてクシナダヒメノミコトと結婚する

櫛稲田姫命

櫛稲田姫命は、クシナダヒメやクシイナダヒメなどと呼ばれる美しい女性で、スサノオの妻。ヤマタノオロチの生贄となっていましたが、スサノオに救われ結婚。

八坂神社の祭神でもある八柱御子神(ヤハシラノミコガミ)を産みます。

須勢理毘売命(スセリビメノミコト)

スサノオの娘で、オオナムヂと結婚する女性。スサノオがオオナムヂに数々の試練を与える中、オオナムヂを手助けしてスサノオの元からオオナムヂと駆け落ちし結婚します。

大国主社と、オオクニヌシ


大国主神(おおくにぬしのかみ)は、七福神の大黒天と同一視され、スセリビメと駆け落ちしたオオナムヂと同一神です。

出雲神話に登場する重要な神で、多くの妻がいるため八坂神社では縁結びのご利益として祀られています。

オオクニヌシは、スセリヒメと恋に落ち、スサノオに殺されかけつつ認められ、スセリヒメと駆け落ちするため、スサノオとの関連も強い神です。

事代主神と蛭子社

八坂神社の蛭子社

事代主神(ことしろぬしのかみ)は、大国主神の子。そのためか大国主社の斜め前に蛭子社があります。

大国主が作った国を天照大神(あまてらすおおみかみ)が国を譲るよう迫り使者を向かわせますが、最終的に承諾するのが事代主神となっています。

→さらに詳しく(クリックで開閉式解説)
蛭子社(えびすしゃ)は、神社としては珍しい方角(北)に向いている神社で、蛭子様と同一視される事代主神を祀る神社です。平安時代から八坂神社にあると言われる古い神社です。

七福神のえびす様のことですが、えびす様は次の二つの説があります。

「事代主神 = えびす説」
「伊邪那岐命(いざなぎのみこと)と伊邪那美命(いざなみのみこと)から生まれたひるこ説」

八坂神社では事代主神=蛭子として祀られています。

その他の神々

神大市比売命(カムオオイチヒメノミコト)はスサノオの二番目の妻、八柱御子神(ヤハシラノミコガミ)はスサノオとクシナダヒメの子供達8柱(8神)の総称です。

その他クシナダヒメの親であるアシナヅチとテナヅチなど、八坂神社にはスサノオ系統の神々が祀られています。

→さらに詳しく(クリックで開閉式解説)

アシナヅチとテナヅチはオオヤマツミの子で、オオヤマツミはイザナギとイザナミの子です。
ちなみにスサノオはイザナギが禊をした際にイザナギの鼻から生まれています。

  1. イザナギ・イザナミ → オオヤマツミ → アシナヅチ・テナヅチ → クシナダヒメ
  2. イザナギから生まれたのがスサノオ

というようにイザナギを親として、スサノオとクシナダヒメに続いています。

ここまでがスサノオ関連からわかる八坂神社の歴史です。
祇園祭、疫神社、素戔嗚、素戔嗚一族と解説してきましたが、素戔嗚を中心に見ることで八坂神社の歴史がわかりやすいと思います。

それでは次に、陰陽師・安倍晴明と牛頭天王(素戔嗚)と八坂神社の関係を見ていきましょう。

3. 京都五社巡り

八坂神社は四条のシンボル的な神社ですが、京都五社のひとつ、東を守る青龍ともされています。京都五社は平安神宮を中央に東西南北下記の4社となっています。平安神宮も含め、この5社で京の都を守っているといわれ、この5社を巡礼することを「京都五社巡り」と言います。

  • 北・玄武・上賀茂神社
  • 東・青龍・八坂神社
  • 南・朱雀・城南宮
  • 西・白虎・松尾大社
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京都に住みつつ、観光スポットを100ヵ所以上巡ってみました。同じ場所にも何度も行ったり、鴨川でのんびりしたりと京都を満喫。歴史や神社・お寺や日本の知識なども加えて、観光に役立つわかりやすい情報をご提供できればと思います。

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