宝厳院の歴史と見どころ

宝厳院は嵐山にある天龍寺の塔頭で、紅葉を楽しめるスポットです。写真は紅葉の散った後に行ったため閑散としています。葉がある場合はもっと綺麗なお寺です。

宝厳院の歴史

宝厳院閉館中

宝厳院は時期によって特別公開となるため通常は閉館しています。それでは宝厳院の歴史を見ていきましょう。宝厳院は臨済宗大本山天龍寺の塔頭の1つで、山号は大亀山、御本尊は聖観世音菩薩です。1461年(寛正2年)に細川頼之が聖仲永光禅師を開山に迎え創建したのが起源とされています。

応仁の乱の兵火に会うなどして、消失してしまいますが、天正年間(1573年~1591年)に豊臣秀吉によって再建されました。明治時代には河川工事によって、天龍寺の塔頭弘源寺の境内に移り、その後2002年(平成14年)に現在地である天龍寺方丈南側に移りました。2003年(平成15年)には大正時代に建てられた茶室が修復を終え、「青嶂軒」と名付けられ茶会会場としても利用されるようになりました。

宝厳院の関連人物

宝厳院の新緑

細川頼之

南北朝時代から室町時代初期にかけての武将で政治家です。細川頼春の次男で、父頼春の討ち死に後、阿波・伊予・備後・讃岐・土佐の守護となりました。1362年(貞治元年)には南朝に降った従兄弟の細川清氏を討ち取り、細川頼之が細川家の当主となりました。

聖仲永光禅師

室町時代の臨済宗の僧で、天龍寺を開山した夢窓国師の3世法孫に当たるといわれています。

宝厳院の見どころ

獅子吼の庭


嵐山を借景する回遊式庭園で、室町時代の禅僧策彦周良によって作庭されました。獅子吼とは、「仏が説法する」の意味です。須弥山を表す築山、その前には苦海が広がり、対岸には三尊石が配され、海の中には此岸より彼岸に渡るという舟石、仏の元に渡る十二支に見立てた獣石が置かれています。庭は名園として、江戸時代の京都の名所名園を案内する「都林泉名勝図会」(1799年)にも掲載されていますが、2002年(平成14年)に移築されるまでは非公開で、移転後約140年ぶりに公開されました。春は新緑、秋は紅葉の美しい庭園です。
 

仏像 

本堂には、御本尊の聖観世音菩薩と、33体の観世音菩薩と足利尊氏が崇拝したと言われる地蔵菩薩が安置されています。

茶室「青嶂軒」と「無畏庵」

青嶂軒は、2003年(平成15年)に復元されました。
無畏庵は、仏教の語「四無畏(しむい)」から名付けられました。

襖絵

現代の洋画家、壁画家の田村能里子によって描かれたもので、本堂障壁画58面の襖絵は3室構造にて仕切られています。33人の老若男女が描かれ、独特な朱色はタラムレッドと言われ体内で胎児が見る色なのだそうです。

年間行事 


春の特別公開(3月20日-5月31日)、秋の特別公開(9月13日-12月21日)

宝厳院基本情報(料金・開閉時間・アクセス・最寄り駅)

  • 住所:右京区嵯峨天竜寺芒ノ馬場町36
  • 電話:075-861-0091
  • 時間:9:00~17:00
  • 料金:大人500円、中小学生300円
  • 電車:JR「嵯峨嵐山駅」下車徒歩10分
  • 電車:嵐電「嵐山駅」下車徒歩3分
  • バス:京都市バス JR京都駅前より京都市バス 28番に乗車、嵐山天龍寺前駅で下車。 徒歩約5分
  • バス:京都バス JR京都駅前より京都バス72番、73番に乗車、京福嵐山駅前で下車。 徒歩約5分
  • 駐車:天龍寺駐車場あり(有料)

宝厳院周辺の観光スポット

嵐山羅漢

宝厳院の斜め前には嵐山羅漢像があります。そのまま道を進んでいくと天龍寺に到着。天龍寺の出口を出ると嵐山商店街に出ます。このように宝厳院から徒歩で移動可能な距離に天龍寺や嵐山商店街があるので、観光には困りません。

宝厳院からのおすすめ散策ルートは渡月橋から宝厳院、天龍寺、竹林の道、大河内山荘を回るルートやもう少し足を伸ばせば、野宮神社、二尊院、化野野念仏寺まで行くこともできます。

化野野念仏寺までは40分ほどかかりますが、景観の美しい場所なので、春や秋には素晴らしい景観を楽しみながら散策することができます。そのほかにも宝厳院から天龍寺と反対側に歩けば桂川と渡月橋があり、船で川を楽しむことも可能です。

お土産には嵯峨野竹路庵のわらび餅がおすすめです。プレーン、黒糖、抹茶味があり行列ができるほどの人気店です。特別仕立てのわらび餅、一箱1080円は出来立ての柔らかさが味わえる一品で絶品と評判です。

住所:京都市右京区嵯峨天龍寺北造路町45-4
電話番号:075 – 864 – 2371

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