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太秦広隆寺の歴史と見どころ

2019/03/03
 
この記事を書いている人 - WRITER -
京都に住みつつ、観光スポットを100ヵ所以上巡ってみました。同じ場所にも何度も行ったり、鴨川でのんびりしたりと京都を満喫。歴史や神社・お寺や日本の知識なども加えて、観光に役立つわかりやすい情報をご提供できればと思います。

太秦広隆寺の読み方は“うずまさこうりゅうじ”です。聖徳太子の太と秦氏の秦を合わせて太秦(うずまさ)と読むとする説や、うず高く絹を積み上げて天皇に献上したことから太秦という名が地名となり寺名になったなど諸説あります。

どんなお寺かというと、聖徳太子秦氏にゆかりがあるお寺で、無料の境内と有料の霊宝殿で仏像見学もできます。

境内は広く取られた敷地は駐車場側へ通り抜けができる他、入り組んでおらず広々としたお寺が好きな人、仏像が好き、聖徳太子や歴史が好きな人などには良い観光スポットと言えるでしょう。

太秦広隆寺の歴史

太秦広隆寺は平安遷都以前から存在した日本最古の寺とも言われていて、京都市右京区太秦にあります。宗派は真言宗、山号は蜂岡山、御本尊は聖徳太子です。蜂岡寺、秦公寺、太秦寺という別称があります。

弘仁9年(818年)に古記録を消失してしまったため太秦広隆寺の創建年は定かではありませんし、その後も何度も火災により伽藍を消失したことから創建当時の建物は1つも残っていません。

創建については日本書紀によると推古天皇11年(603年)とされていますが、広隆寺の縁起にまつわる書物によると、聖徳太子の供養のために推古天皇30年(622年)に創建したとされています。

創立当時は現在の地ではなかったとされていて、7世紀前半に今の京都市北区平野神社付近に創建され平安遷都前後に現在地に移転したとされています。

太秦広隆寺の関連人物

聖徳太子

聖徳太子は飛鳥時代に推古天皇の摂政となった人物。冠位十二階、十七条憲法を制定し、小野妹子を隋へ派遣して国交を開いたとされています。また仏教を保護し多くの寺院を建立したことでも知られています。

京都でも六角堂や清涼寺など、聖徳太子に関わりのあるスポットはいくつもみられます。また、聖徳太子が厩戸皇子と呼ばれているのは、馬小屋の前で生まれたことが由来になっているからですが、このようにキリストと似た逸話が残っているのも特徴と言えるでしょう。

他にも一度に10人の人の話を同時に聴くことができ、それぞれの人に的確な答えを返せたとも言われています。広隆寺にある国宝にも指定されている「弥勒菩薩半跏思惟像」は、日本書紀によると聖徳太子より秦河勝が賜ったものなのだとか。

秦河勝

秦氏は第15代天皇である応神天皇の頃に朝鮮半島から渡来した人物で、古代日本では最大の渡来人と言える一族です。太秦(うずまさ)一帯を本拠地とし、土木技術で桂川を開発したり、養蚕・機織・醸造などを日本に伝え、隆盛を極めました。

新撰姓氏録(しんせんしょうじろく)で古代中国の融通王を祖とするとも言われていたり、日本書紀では弓月君が融通王と同一視されるなど、諸説ある人物ですが、日本に大きな勢力を持っていた渡来系の人物であった事は確かです。

太秦広隆寺近辺には蚕ノ社駅などがありますが、太秦の由来の「うず高く積んだ絹」は秦氏が蚕を多く飼っており、それを元にして絹を作っていたなどに繋がります。このようにこの辺り一帯は秦氏を知る事で、その歴史を知ることができる場所です。

秦氏の子孫である秦河勝(はたかわかつ)は、聖徳太子の側近となった秦氏の族長であり、蜂岡寺を創建した人物と言われています。

603年(推古天皇11年)、秦河勝は、聖徳太子から仏像譲り受け蜂岡寺を創建したとされ、この仏像が弥勒菩薩半跏思惟像であり、蜂岡寺が太秦広隆寺となったと考えられています。

その他、秦氏は猿楽の祖とも言われたり、能楽の観阿弥・世阿弥の祖先という説もあります。

また、太秦広隆寺の霊宝殿に秦氏の像も展示されているので、観光の際には立ち寄るのがおすすめです。

太秦広隆寺の見どころ

太秦広隆寺は何度も火災に見舞われており、創建当時のものは何も残っていません。しかし、国宝に指定されている弥勒菩薩半跏像など、飛鳥時代から江戸時代までの仏像や殿舎など国宝や重要文化財に指定されているものが多く保存されています。

霊宝殿


霊宝殿には広隆寺が所有する多数の仏像が展示されています(館内撮影禁止のため写真なし)。

仏像は基本的に如来・菩薩・明王・天部などに分けられます。

  • 如来:悟った存在(釈迦如来・阿弥陀如来など)
  • 菩薩:悟りを得るために修行しつつ人を救う存在(千手観音菩薩・不空羂索観音など)
  • 明王:仏教の教えの元、悪を打つ存在(不動明王・愛染明王など)
  • 天部:仏教世界での守護神(毘沙門天・帝釈天など)

太秦広隆寺の霊宝殿ではこの他に聖徳太子や秦氏の像などがあり、多くの仏像を楽しむ事ができます。

太秦広隆寺の各仏像解説

木造弥勒菩薩半跏像(宝冠弥勒)

弥勒菩薩像は、仏像の一形式で、台座に腰掛けて左足を下げ、右足先を左大腿部にのせて足を組み、折り曲げた右膝頭の上に右肘をつき、右手の指先を右頰にあて思索するポーズをしています。

日本には大陸より6世紀から7世紀の弥勒信仰の流入と共に伝えられ、飛鳥、奈良時代の作品が多く残されていますが、その中でも有名なのが太秦広隆寺の霊宝殿に安置されている弥勒菩薩像です。宝冠弥勒という別称があり、国宝彫刻の部第一号に指定されています。平安京遷都前後、広隆寺のご本尊は弥勒菩薩から薬師如来に代わり、現在は聖徳太子が御本尊になっています。

木造弥勒菩薩半跏像(泣き弥勒)

広隆寺には、もう1つ弥勒菩薩像があります。通称泣き弥勒と呼ばれていて、宝冠弥勒よりも少し小ぶりです。こちらも国宝に指定されていて、霊宝殿に安置されています。泣き弥勒と呼ばれるようになった由来は、困ったような悲しそうな顔をしていることからそのように呼ばれるようになったと言われています。

霊宝殿には、弥勒菩薩像の他にも聖徳太子16歳像、秦河勝像・夫人像、十二神将像などが安置されています。

木造不空羂索観音立像

“もくぞうふくうけんさくかんのんりつぞう”と読みます。京都の各所にある像の中でも特に肉感表現が優れていると感じさせる像です。奈良時代末~平安時代初期に作られたとされ、高さ313.6㎝の大きな立像なので、迫力もあります。不空の意味は“余す事なく”で、羂索はインドの武器・罠であり、それによって全ての人々を救うという観音であるという意味があります。

不動明王坐像

お不動さんなどとも言われる不動明王は大日如来の化身と言われています。 大日如来は優しい顔をしていますが、不動明王は怖い顔をして炎を背負っている像です。手には剣と羂索(けんさく)を持っており、剣は悪を切り裂き、羂索は人々を救うための意味があります。大日如来と不動明王、羂索と剣のように、2つの意味が同居しているのが不動明王です。

その他の像

その他、聖徳太子や秦氏の像、数メートルを超える立像など、他ではあまりみられない仏像もあり、仏像好きの方は霊宝殿は良い見どころとなるでしょう。

観光用に仏像や仏教についてさらに知りたい人はこちらのページにまとめています。
仏教・神道用語辞典はこちら

桜門

太秦広隆寺の正門で、1702年(元禄15年)に建てられたとされています。門の両脇には仁王像が安置されています。

講堂

重要文化財に指定されています。1165年(長寛3年)に再建された建物で広隆寺の中で最古の建物です。何度か修理がされていますが、天井などには平安時代の名残が残っています。阿弥陀如来坐像、地蔵菩薩坐像、虚空菩薩坐像が安置されています。

上宮王院太子殿

太秦広隆寺の御本尊聖徳太子像を祀っているお堂で、本堂の扱いになっています。1730年(享保15年)に再建された宮殿風の造りです。本尊の聖徳太子像は秘仏であり、毎年11月22日のみ特別公開されています。この聖徳太子像は33才の時の像とされていて、着衣は黄櫨染御袍という天皇が重要儀式で着用する衣服です。

牛祭(うしまつり)

牛祭は鞍馬の火祭(由岐神社)・やすらい祭(今宮神社)と合わせて、京の三大奇祭に数えられています。元々は広隆寺の境内社、大酒神社の祭礼として行われていましたが、その後広隆寺の祭りとして行われています。毎年10月12日の夜にお面をつけ、装飾をつけた摩多羅神役の人が牛にまたがり、赤い鬼と青い鬼の仮面をつけた四天王が松明を持って従い、境内と周辺を回ります。 それから、薬師堂の前で独特の祭文を読み、終わると堂内にとびこんで五穀豊穣や悪魔退散を祈願しました。

太秦広隆寺へのアクセス

太秦広隆寺の場所は嵐電の太秦広隆寺駅を降りてすぐ、斜め前にあるお寺です。信号の正面に仁王像がある大きな門があり、無料で入る事ができます。

  • 住所:右京区太秦蜂岡町32
  • 電車:嵐電 太秦広隆寺駅 徒歩約1分
  • 電車:JR太秦下車徒歩 約13分
  • バス :市バス太秦広隆寺前下車、京都バス太秦広隆寺前下車
  • 駐車:あり(参拝者専用)
  • 時間:9:00~17:00
  • 料金:太秦広隆寺:無料、ただし霊宝殿は有料(拝観料:大人700円、高校生500円、中小学生400円、未就学児無料)

京都駅からは電車の京都地下鉄東西線で烏丸御池駅で乗り換え後、太秦天神川で下車し、駅の地上へ出ると嵐電天神川の乗り場がすぐに目に入ります。嵐電天神川に乗れば太秦広隆寺駅に着きます。

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京都に住みつつ、観光スポットを100ヵ所以上巡ってみました。同じ場所にも何度も行ったり、鴨川でのんびりしたりと京都を満喫。歴史や神社・お寺や日本の知識なども加えて、観光に役立つわかりやすい情報をご提供できればと思います。

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